ウィークエンドシトロン

夫と息子と3人暮らし。生活の記録。

あの頃読んだ本を読み返してみる

今、伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』を読んでいる。

この本、昔一度読んだことがあって今回が再読。一回目に読んだのは、確か中学生の頃だっただろうか。それまで児童書しか読んでいなかったが、図書館で初めて大人が読むような本を借りてみた時があった。それが『ゴールデンスランバー』だった。

約15年振りに改めて読むと、あの頃と本の印象が全然違う。というか、断片的なシーンの記憶しかなく、それすらも曖昧なもので、本当にこの本読んだんだっけ?と思うほど覚えていなかった。

まだ読書経験も薄いあの頃は、この本の面白さなんて半分も理解できてなかっただろうなあ。でも、伏線回収が見事だったことだけは記憶に残っていた。

 

去年の8月に息子が生まれて、本を読むときのマインドもそれまでとは変わったように思う。

去年の秋だったか、宇野碧『レペゼン母』を読んだ。主人公は梅農家を経営する年配の女性で、ひょんなことから息子とラップバトルで対決することになる。主人公の回想シーン、生まれたばかりの息子が自分に向かって微笑みかけたように感じられて喜びを噛みしめる場面を読んでいて、涙した。自分の息子が生まれてからの毎日を思い返して、胸が熱くなった。

息子が生まれる前に読んでいたら、きっと涙を流すことはなかったと思うし、全く違う感想を得ていたんだろうなあと思う。

人生のそれぞれのステップで、同じ本を読んだときに抱く印象は異なるのだろう。以前読んだ本も、時が経ってから読み返すと新しい発見ができるのだと思う。

好きな本は大切に取っておいて、ふと思い出したときにもう一度ページを開いてみたい。

 

2024.1.29の日記

離乳食はおかゆブロッコリー、豆腐。初めてのたんぱく質。大豆アレルギーが出ないか心配だったけど大丈夫だった。

授乳したらそのまま膝の上で寝た。息子用のベストの続きを編む。縁編みまで完了。

11時過ぎに母と妹が到着。そのまま4人でとんかつ屋さんに移動し、祖父母、父、関東からこっちに来ていた伯母とみんなでランチ。母と妹の食べ残しを一切れずつ引き受けたりしていたら結果的に1.7人前くらい食べた気がする。妊娠中に満腹中枢がぶっ壊れてからもとに戻らなくていくらでも食べられてしまう。授乳が終わったら戻るんだろうか。

母、妹と近くのショッピングモールへ。息子のおむつ替えと授乳を済ませ、義父へのバレンタインチョコを買った。フードコートでお茶をした。

ショッピングモールを出て、これから仕事に行く妹を駅で送り届けてから母とスーパーへ。息子が車で寝ていたのでパパに見ていてもらい、その間に買い物。車に戻ると息子が起きていて、目があった途端に泣き出した。母曰く、泣くのを我慢していたが私の顔を見たら泣いてしまったらしい。可愛い。

家に到着。母と息子と3人でしばらく過ごす。息子はバウンサーに乗っているときに股からうんち漏れをかまし、その後は母の腕の中ですやすや眠った。

夫が帰宅して順番にお風呂に入り、この日も終わり。

2024.1.28の日記

朝は昨日イオンで買ったカレーパンを食べた。

今日の離乳食はおかゆ、かぼちゃ、ブロッコリー。まあまあ食べてくれたかな。

授乳してたらそのまま膝の上で寝た。30分くらいで起こして外出。

商店街のラーメン屋で鶏白湯ラーメンを食べる。唐揚げセットにして夫と唐揚げを1個ずつ分けた。夫のがチャーシュー多めのやつだったけれど、夫が1枚くれた。嬉しい。

駅ビルをうろうろ。期間限定出店の大福屋さんで夫と2つずつ買う。私はトリュフチョコ大福とシュークリーム大福。シュークリーム大福とは。カスタード大福とは何が違うのだろうか。夫は黒ごまとクリームチーズ

帰ってコーヒーを飲みながら大福を食べる。

息子に授乳したらそのまま膝の上で寝た。膝の上においたままなんと3時間ちょっと寝ていた。

その間私はKindleリーダーで『忌録』を読んだり編み物をしたりしていた。『忌録』は言いようのない怖さがあった。今も考察記事を漁っている。噛めば噛むほど味が出る。

息子が起きたので、もろもろの雑事を片付ける。

夜は私の実家との食事会だったので、予約してある和食店へ。祖父母、両親、妹に、父方の伯母と私たち3人家族でそろって食事をした。息子はみんなからちやほやされてアイドル状態。いっぱい抱っこしてもらって良かったねえ。

帰宅してダッシュでお風呂を済ませ、寝床についた。

今週も楽しく過ごそう。

年末年始の日記

2023.12.28

夫の年末年始の休みがこの日から始まり、我が家の冬休みがスタート。

ミスドの福袋の受取りがてら、近所のショッピングモールへ。ぶらぶらと買い物し、お昼にパステルでパスタを食べて、福袋を受け取り、福袋に入っているドーナツ引換券でそのままドーナツを買った。食料品売り場で夕食のカレーの材料を買って帰宅。

帰ってからはドーナツを食べたり息子に構ったりしながらだらだら過ごし、夕方になったらカレーをつくって食べた。ココナッツミルクを入れて作る、海老のカレー。我が家のカレーは夫の好みで、半分くらいの確率でこういうエスニックっぽいカレーになる。

カレーを食べて息子をお風呂に入れて就寝。

 

2023.12.29

夫が大学時代の先輩後輩と遊びに外出のため、日中はワンオペ育児。

この日はしまむらで新作のラッピーグッズが発売される日だった。ラヴィットファンとしては見逃す訳にはいかないということで、近所のしまむらへ。例の麻雀牌とラッピーの柄のミニトートと、ついでに普段の外出用にチャンピオンの小さめショルダーバッグを購入。(今までは夫に買ってもらった革のショルダーバッグを使っていたが、抱っこ紐をしていると息子が舐めたりするので、ナイロンのが欲しかった。)

いつも通りに過ごしていたら夜になり、夫が帰宅。大量のヒラメとブリの刺身を持って帰ってきた。魚を1匹ずつまるごと買い、捌いて寿司パーティーしたらしい。檜のまな板に台をつけて寿司下駄まで自作したと。それはいいんだけど夫がその寿司下駄持って帰ってきて、「どう考えてもいらんやろ〜」と苦笑。とりあえず食器棚の上にスペースにそっと仕舞い。

 

2023.12.30

大学時代の同期との集まりに参加するため、名駅周辺へ。息子は家で夫に見ておいてもらう。出産して以降息子から長時間離れるのがほぼ初めてなのでちょっと心配しながら家を出る。

義実家への手土産を買いに、同期会の前に高島屋へ寄る。両口屋是清のお菓子詰め合わせを購入。

時間になったので同期会へ。みんなの近況を聞いたり、私は息子の話をしたり。出産後は同年代の友人と話す機会がなかなか無かったので、久しぶりに友人たちと話せて楽しかった。

ある友人の娘さんは一歳と数ヶ月になっていたり、年始に結婚が決まっている友人や交際中の人と結婚に向けて動いている友人がいたり、みんなそれぞれの人生を着実に歩んでいるんだなあとしみじみした。

帰宅し、夕食に前日夫が持って帰ってきた刺し身を豪勢に食べて就寝。

 

2023.12.31

この日から関西にある義実家へと帰省。

お昼前に車で家を出て、夫の運転で高速道路を走る。途中何箇所かサービスエリアで休憩。

息子を連れて、初めての長距離移動。SAのベビールームも年末で混んでて埋まってないかと心配していたけど、問題なく使えてよかった。

年末の混雑による渋滞を心配していたけれど、思っていたほど混んでおらず順調に進んだ。一度先に夫の母方の祖父母宅に顔を出し、午後4時頃には義実家に到着。義両親、義妹と一家団欒の時間を過ごした。夕食に年越しそばを食べた。私の実家では年明けに年越しそばを食べていたので、まあ普通は夕ご飯に食べるよねえと思いながらそばをすする。

義両親、義妹も色々協力してくれて、義実家での息子のお世話も難なくできた。感謝。義実家との付き合いに苦労している女性の話はよく聞くけど、私はその点恵まれているので本当にラッキーだったと思う。

紅白は源さんのところまでは見られた。寒そうだったね。

 

2024.1.1

みんなでお墓参り。夫のご先祖様に息子を初めて見せに行った。私が一度も会えなかった夫のおじいちゃんも喜んでるかな。

義実家の近所の神社で新年のご祈祷をしてもらった。息子は始めのうちは大人しかったけれど、ご祈祷が後半に差し掛かるとグズグズし始めて最後の方は祝詞と赤子の泣き声が入り混じるカオス空間に。終わってから神社の方が「元気なお子やなあ〜」と言ってくれてほっこり。

息子にちょっとおめかしをさせて、夫の母方の祖父母宅へ。この日はここで親戚の集まりがあった。私の実家は親戚の集まりというものがほぼ無かったので新鮮だった。息子は初孫なので、みんながこれでもかというほどに息子にちやほやして可愛がってくれたので、母親の私までなんだか嬉しかった。そして、親として初めてお年玉をもらう。これは全部息子用の口座に入れて取っておく。

祖父母宅から帰ると息子は遊び疲れたのか2時間以上すやすやと眠った。たくさん遊んでもらって楽しかったね。

息子を別室で寝かしてリビングで過ごしていると、例の地震が起こった。お正月からこんなことになってしまったことに驚いて、テレビで流れる映像ををしばらく見つめていた。被災地にいる赤ちゃんや小さい子どもたち、その親たちが無事でいることを願っていた。

夕食にすき焼きを食べ、お風呂に入って就寝。

 

2023.1.2

義両親、義妹と近くの栄えた駅前へ。商店街を散歩して、城前まで行って写真を取った。お昼にしらす丼を食べ、駅前のショッピングモールで買い物。夫が紫陽花の飾りのついた指輪を買ってくれた。目をつけていたビアードパパの福袋もゲット。シュークリームはみんなで食べた。

夜は義実家で夫の父方の人生で集まってすき焼きパーティー。夫の従兄弟の彼女が飛び込みで来てくれたり、なんだかすごく賑やかだった。

 

2023.1.3

義両親と昼食を食べに行き、愛知に帰る前に最後に母方の祖父母宅へ。帰り際は家の外まで出て手を振って見送ってくれた。

疲れたので家族3人川の字になって少し昼寝をした。夫と息子より先に目が覚めたので、布団に潜ったまま、山本文緒『自転しながら公転する』を読み始めた。ところどころ自分のことが書いてあるみたいで、居心地の悪さと落ち着く感じが同居する変な気持ちになる。

夕食はみんなでかにすきをした。〆のかに雑炊がびっくりするほど美味しかった。

 

2023.1.4

愛知に帰る日。

朝から準備をし、昼前には義実家を後にした。義両親と義祖母が見送ってくれて、帰るのが寂しかった。

途中、サービスエリアに寄ったら展望台から虹が見えたので3人で写真を撮った。

家に帰り着いてもまだ14時くらいだったので、近所の神社まで散歩がてら初詣に行くことに。この神社には、息子を授かる前から戌の日参り、お宮参りまでずっとお世話になっているので、早めに挨拶ができてよかった。おみくじは中吉だった。夫は大吉。ぐぬぬ

 

2023.1.5

近所のショッピングモールへ。

 

2023.1.6

夫が釣りに行ったので、ワンオペ。

夫は夕方に帰ってきたが、今日は釣れなかったらしい。

 

2023.1.7

私の実家へ息子を連れて行く。昼過ぎから実家でスイカゲームをしてだらだら過ごし、夕方になったら母と妹に息子を預けて夫婦で焼き肉を食べに行った。食べ放題のコースにしたけれど、夫が思ったより早く肉を食べるのを止めた。最近になって脂が駄目になってきたらしい。年取ったねえ。デザートビュッフェ付きのコースだったのでそれが楽しかった。食べ終わって帰る前に、スマホをチェックしたら、妹から息子が哺乳瓶を持ったまま口の端からミルクを垂らしながら座ったまま眠っている画像が送られてきた。飲みながら寝たらしい。可愛くて夫と笑いをこらえながら帰路につく。

実家について、息子を連れて自宅に帰った。

翌日から夫は仕事始め。我が家の年末年始休みは終わり。今年も楽しい一年にするぞう。

出産レポ

2023年8月1日(火)20:10に第一子を出産した。

3250gの元気な男の子。

産後の経過は母子ともに良好。

何はともあれ、お産の一日を通して印象深い経験をしたので時系列で記録として残しておこうと思う。

 


7:00 朝、布団の中で目が覚めると温かい液体が流れ出る感覚があり、トイレに行くと尿とは違って白く濁っていたので破水だと思い病院に電話。診察して判断するとのことで、夫付き添いで病院へ。


8:00 病院着。診察の結果、やはり破水とのこと。子宮口の開き具合は前回の健診の時と変わらず(1cmくらい?)。陣痛がまだついておらず時間がかかりそうなので、夫、一時帰宅。


8:45 病室の案内やスケジュール、書類の説明を受けたあと、体重測定し、抗生剤のカプセル(破水したら感染予防で飲むやつ)を飲み、採血、体温測定、血圧測定。通常、破水した後24時間以内に陣痛が来ることが多いが、なるべく早く生みたければ促進剤も使えるとのこと。赤ちゃんが苦しくならないうちに産んであげたいと思い、今日は内服の促進剤を使うことに。


9:15 1錠目の促進剤を服用。お腹が張った時の痛みが若干強くなった感じがする。生理痛くらいの痛み。


10:10 促進剤2錠目服用。まだ余裕。


11:10 促進剤3錠目服用。まだ余裕あり。


12:10 昼食を食べ終わる。このくらいからだんだん痛みが強くなってくる。促進剤4錠目服用。


13:10 促進剤5錠目服用。


14:10 促進剤6錠目服用。これでラスト。息を吐いて痛みに耐える。陣痛は3分間隔ぐらい。


15:00 おやつにカステラが出たのでがんばって食べる。


15:30 内診してもらう。子宮口の開きは2〜3cmくらい。


17:00 かなり痛みが強くなってきて歩くのにも一苦労。内診してもらったら子宮口は7〜8cm開いてた。1時間半前は3cmだったのに!?とびっくり。一気に進むときは進むのね。


17:30 短時間の面会のつもりで来た夫が到着。お産が進んできているのでそのまま立ち会いに切り替え。痛くて勝手に声が出る。間隔は2分から2分半くらい?いきみ逃がしが辛い。我慢してもどうしてもいきんでしまう。


18:00 いきむのを我慢できず内診してもらう。子宮口の開きは変わらず7〜8cmなのでもう少し病室で待機することに。夕食が出たが気分が悪くて食べられず、後で夫に食べてもらった。陣痛が来たら夫の手を握りしめて耐える。涙が止まらず夫に拭ってもらう。


18:30 痛みがどんどん強くなる。病室でそのまま内診してもらい、分娩室に移動することに。


19:00 分娩室に入る。陣痛が来たら3〜4回いきみを逃がしてから2回全力でいきむのを繰り返す。ちょっとずつ赤ちゃんが外に出てきているとのこと。途中で赤ちゃんがしんどそうとのことで酸素マスクをつけてもらった。生まれる直前は赤ちゃんの頭を触らせてもらった。髪の毛が生えていた。最終局面で会陰切開してもらう。噂に聞いていた通り、切開の痛みはほとんどない。必死過ぎて切られた感覚もなかった。頭が出てきて肩が出てくるときが一番痛くてしんどい。


20:10 無事に誕生。元気に産声を上げてて安心。胸にシートを敷いて抱っこさせてもらう。可愛すぎる。体重は3250g、身長は51cm。へその緒が80cmあり、平均より20cm長く、2回首に巻いたうえたすき掛けになって生まれてきたらしい。そのまま胎盤を出したり会陰の傷を縫う処置をしてもらう。赤ちゃんはその間も元気に動いていた。


21:30 1時間超その場で様子を見た後、問題なかったので車椅子で病室に戻る。少しの間家族3人で病室で過ごす。


21:45 夫帰宅。分娩後に夫に買ってきてもらったファミチキとおにぎりを食べる。

息子はナースステーションで預かってもらうことに。翌日から母子同室とのこと。

 

23:00 自力でトイレに行けることを確認。よちよち歩きでしか進めなかったがなんとか歩行はできるので自由に歩いていいと許可が出る。

就寝しようとするが、出産ハイで気持ちが昂ってしまってなかなか寝付けなかった。

 

 

【雑感】

・破水始まりだったのが結構怖かった。動いた拍子にちょっとずつ羊水が漏れ出すので、「このままだと子が危ないのでは?」という不安がある。助産師さんも少しずつの破水なら子宮内の破水にはまだたっぷり余裕があるので大丈夫とは言ってくれたけど、不安は不安。

 

・37週の血液検査で血小板の数値が基準より低くて引っ掛かり、38週で総合病院に転院になってからの今回のお産だったので色々と不安が大きかった。でも転院先のほうが面会や立ち会いの制限が緩かったり、もとの病院に劣らずご飯が美味しかったり部屋も綺麗だったので結果的には良かったかなと思う。出産翌日の血液検査でも血小板の数値は正常に戻っていたので、妊娠による一過性の変動だったらしい。ただ次の妊娠でもそうなる可能性は通常より高いので、2人目は大きめの病院で産むことを勧められた。

 

・覚悟はしてたけど陣痛はまあー痛かった。あんなにボロボロ泣くことになるとは思わなかったし、持っていったゼリー飲料を飲む余裕もないとは。夕食も食べられなかったけど、本当はもっとカロリー取ったほうが体力的に良かったんだろうなあ。診察室や分娩室に移動するときに途中で波が来て、手すりに掴まったままうずくまって動けなくなることも何度か。

 それでも生まれてきた赤ちゃんの顔見たら全部忘れて「2人目も普通分娩でいいや!」って思っちゃうんだよなあ。不思議。陣痛の真っ只中は「次は絶対無痛分娩にする!」って思ってたのにね。

 

・分娩台に上がってからは戦場だった。陣痛の波が来るたびに2,3回いきみ逃がしをしてから2回いきむのを繰り返す。いきむときはもう必死。夫曰く首元に見たことない血管が浮いてたらしい。分娩室に入って1時間位で生まれた。1時間の間我ながらよくやったなと思う。

 

・生まれた直後、分娩台の横でおむつを履かされ色々と処理をしてもらっている我が子。動いてる。泣いてる。生きてる。こんなのがお腹の中に入ってたんだなあ。この小さい足でお腹を蹴ってたんだなあとしみじみと感動した。赤ちゃんは思ってたより大きく、生まれるときも担当してくれた産科の先生が「この子大きくないか?」と言っていた。後日市の訪問で家に来てくれた助産師さんにも「赤ちゃんの出生体重からしてがっちりした人だと思ったら意外と小柄だった」と言われた。

 

・立ち会ってくれた夫には感謝しかない。陣痛中から分娩までずっと、手を握ったり頭を撫でたりうちわで扇いだりしてくれていたのが心強かった。コロナ禍で一人で陣痛に耐え出産に臨んだお母さんたちは本当に強いと思う。

 

 

間違いなくこれまでの人生の中で一二を争うくらい記憶に残る一日だった。これからも何度もこの日のことを思い出すんだと思う。とりあえず育児頑張るぞ。

 

 

妊娠初期~安定期に入るまでの雑感

昨年12月に妊娠していることが分かってから約3か月、つわりも落ち着き世に言う安定期に入ったのを節目に、ここまでに起こったことや思ったことをまとめておこうと思う。

 

妊娠2ヶ月(~12/26)

・妊活開始から約3か月経過した頃、予定日から2週間経っても生理が来なかったので市販の妊娠検査薬を試してみたら陽性の窓にうっすらと線が。夫はちゃんと喜んでくれるかと不安だったけれど、検査結果を見せたら喜んでくれた。二人でハグした。嬉しくてちょっと泣いた。

・近所の産婦人科で診てもらうも、赤ちゃんの袋らしきものは見えるが確定とは言えないので1週間後にまた来てほしいとのこと。前回の生理開始日から逆算するともう胎嚢が見えていい頃なのに、不安。排卵が予定より遅かったのか。どちらにせよ今は待つことしかできないのでおとなしく帰宅。落ち着かない1週間を過ごすことに。

・1週間後、もう一度病院に行くと、ちゃんと胎嚢が確認できてひと安心。心拍が確認できるまでは何とも言えないが、ひとまずほっとした。

 

妊娠3ヶ月(12/27~1/23)

・年末になり仕事も休みに入ったころ、本格的につわりが始まった。私の場合、吐くまでは行かないけれどずっと気持ち悪い状態が続くタイプのつわりだった。特に午後からだんだんしんどくなって夜が一番辛い。年末年始の休みもほとんど家で寝たきりだった。一番ひどい時は、ずっと調子が悪いことに対して涙が出てきて夫に泣きついた。

・つわり中は食べられないものが増えた。特にダメだったのが野菜、その中でもキャベツとか白菜とかほうれん草とかの葉物系。においもダメになってしまったので1月中はほとんど料理をしなかった。あと甘いものもダメだった。特にプリンとかの甘ったるい味がダメ。ゼリーとかのフルーツ系は大丈夫。この時ちょうどコメダ珈琲でちいかわとコラボしたむちゃうまプリン味のシロノワールが販売してたんだけど、食べる気になれなくて残念だった(後日、2月に入ってからも販売してる店舗を見つけて無事食べられた)。

・意外と大丈夫だったのが、よく言うマックのポテト。あんな脂っぽいのになんでつわり中の妊婦の食べられる率が高いのか本当に不思議。あとカレーもいけた。むしろ好んで食べてた。全体的に、妊娠前に比べて米をよく食べるようになった。だから胎児ネームは「おこめちゃん」(変な名付け方してごめん)。

・心拍確認後、まずは実家の家族に連絡した。両親も妹も喜んで、おめでとうと言ってくれた。いつでも頼ってとも。頼れる実家が近くにあるのは本当にありがたい。

・職場にも、上司と同じ部屋のメンバーには迷惑をかける可能性があるので早めに報告。4つ上の先輩は身体を冷やしそうな仕事や重い物を持つ仕事を積極的に代わってくれるし、隣の席のパートさんは色々気遣ってハーブティーの茶葉をくれたりする。ありがたい。色々お世話になっている上司も、あまり動き回ったりして無理をすることのないように配慮してくれている。色々な人に助けられている。感謝。

 

妊娠4か月(1/24~2/20)

・つわりは徐々に落ち着いてきた。とは言えやっぱり午後~夜はしんどい。平日はいつもより1~2時間早く寝るようになった。いくらでも眠れるんじゃないかと思う。お腹の子はきっとよく寝る子だ。

・妊娠前はお酒が大好きだったので、妊娠したら禁酒が辛いんじゃないかと思っていたが、意外とお酒を飲みたい気持ちはそこまで湧いてこない。それよりもお刺身や生卵への渇望がすごい。卵かけご飯が食べたい。出産が済んだらネギトロ丼を好きなだけ食べるのが今の野望。妊娠してから何度か回転寿司に行ったが、生物のネタは避けて頑張っている。いるものの、不完全燃焼な感じはすごい。ボイル海老や卵も美味しいけどマグロの赤身食べたいなあってなっちゃう。

・義実家から荷物が送られてきた。マタニティショーツとカフェインレスコーヒー、義母からの手紙が入っていた。手紙には妊娠中の私を気遣う言葉が書かれていて、読みながらボロボロ泣いてしまった。お義母さんありがとう。

・お腹が少しずつだけど大きくなってきた。仕事中に履いているパンツはホックを留めるとお腹パツパツで苦しいので外して、チャックを上がるところまで上げて履いている。服で隠れるから見えないし、ずり落ちてくることもないのだけれど、あまり良くないとは思うので、早めにウエストゴムのパンツを揃えないとと思う。

 

そんなこんなで今は妊娠5か月、安定期に入ったところ。安定期というだけあって、つわりはかなり収まったと思う。食欲もだいぶ戻ってきて、隙を見て二郎系ラーメンを食べてみたりした。体重管理がずっと気がかりだ。16週の今で妊娠前+1~1.5kgくらい。これってどうなんだろう。

検診に行くたびに、エコーで見る我が子はどんどん人の形になっていく。自分のお腹の中にもう一つの命があって、今も生きているんだと思うとすごく不思議な気分になる。たぶん私、今、ものすごい経験をしている。

お腹の子が外の世界に出てきて、その顔を見て小さな体を腕に抱くことができる日が来るのが待ち遠しいけれど、自分の身体からこの命が出て行ってしまう日が同時に来ると思うとなんだか寂しい。今はただ、我が子と一心同体で過ごせるこの日々を穏やかに楽しみたいと思う。体重と血圧には気をつけよう。

妊活について

妊活について、今日までのことを記録しておこうと思う。

 

5月に結婚式を終えて、ある程度時間が経って落ち着いた9月頃、妊活を始めた。

それまでPMS軽減のために飲んでいた低用量ピルの服用を一旦やめ、アプリを使って自己流で排卵日を予測して、極力身体を冷やさないように気を付けた。いつ妊娠できているか分からないので、排卵日から生理が来るまでの期間はお酒やカフェインを控えるようにした。

妊活を始めてから1回目の生理が来た。さすがにそんなにすぐには授からないだろうと思っていたので、ちょっとがっかりはしたがそこまでは何も思わなかった。10月、2回目の生理が来た。もし不妊体質だったらどうしようと不安になってちょっとだけ泣いた。生理中は排卵日以降控えていた分、パーッとお酒を飲むことにした。

妊活を始めてから3回目の生理予定日、そこから2,3日経っても生理が来ないので、「これはもしかして…?」と思い始めた。1週間過ぎても来なかったら検査してみることにして待つも、やはり来ない。薬局で妊娠検査薬を購入、家のトイレで検査したら言われなきゃ分からないぐらい薄い線が見える。微妙過ぎてもやもやした気持ちのままとりあえず用事で外出し、帰ってきてもう一度見てみると髪の毛ぐらいの細さながらはっきりとした赤紫色の線が入っている。「これはほぼ確実なのでは?」と思いながらも、念のため2,3日後にもう一度別のメーカーの検査薬を使ってみると、検査をしてすぐに陽性の線が現れた。この時は夫と抱き合って喜んだ。

最終月経開始日から週数を割り出し、赤ちゃんの心拍が確認できる頃とネットで調べた第6週の始め頃を待って、近所の産婦人科に行った。膣内エコー検査をしてもらったところ、妊娠の袋(胎嚢?)らしきものは見えるけれど、小さすぎて確定とは言えないとのことだった。とりあえずエコー写真を貰った。胎嚢らしきものは2.8mmの大きさだった。1週間後にもう一度検査して、しっかり成長しているようなら大丈夫ということだった。1週間後まで、赤ちゃんがちゃんと大きくなっているかの不安と戦いながら1週間過ごすのか、とちょっと気が重くなった。この日は夫と近所のショッピングモールでメダルゲームをして中華を食べて、翌日も一日中家でだらだら過ごした。

1週間、普通に仕事と家事をして過ごした。当然職場には何も言っていないので、高いところのものを取ったり重いものを持ったりする場面でも「代わってください」とは言えず、お腹の赤ちゃんに悪影響があるのではと不安になりながら動くこともあった。家でも、妊娠したというはっきりとした確証がないのに身体に負担のかかる家事を夫に代わってもらったりするのにどこか罪悪感があった。「赤ちゃんが育っていなかったら、いなくなってしまっていたらどうしよう」と不安を漏らす私を、夫は「大丈夫大丈夫」と宥めてくれた。

前回の受診から1週間が経過した12月17日土曜日、もう一度病院に行った。朝一でエコー検査をしてもらったら、胎嚢はしっかりと大きくなっていた。前回が2.8mmだったのが、今回は12.5mm。ネットで調べた情報では、胎嚢は1日に0.9~1mm大きくなるとのことだったので、それよりも速いスピードで成長したことになる。私が心配するのを見かねて、頑張って速く大きくなってくれたのかな、とかいうことを思った。最終月経開始日から計算すると今は第7週で、それにしてはまだ心拍が確認できなかったりと妊娠の進みが遅いのだけれど、排卵日が思っていたよりも遅くずれが生じることもあるそうで、それについてはそこまで心配しなくてよさそう。年内にもう一度検査して、そこで心拍が確認できるんじゃないかという話だった。

診察室を出て、一緒に来ていた夫にひとまずの結果を報告した。この1週間赤ちゃんの成長がひたすらに心配だったので、二人でほっとした。

家に帰って、自分の母親に電話した。以前実家に帰った時に「もしかしたら妊娠しているかもしれない」という話を母にだけしていたので、母には報告しておこうと思った。母は「おめでとう。大事な時期だから身体には気を付けて」と言ってくれた。

この日は昼から夫と出掛けて、帰りにお祝いのケーキを買って帰った。

 

今、自分の中に小さな命があって、今は1センチちょっとの命があと8か月もしないうちに人間の形になって体の外に出てくるのだと思うと、生命の神秘だなあと思う。

今はただ、この小さな命が私たち夫婦のもとに来てくれたことがとても嬉しい。この子が順調に大きくなって、何事もなく元気に育ってくれることを祈るばかりだ。